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マーリンアームズ株式会社の「まかじき亭別館」

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Vol.6 師匠のこと

翻訳家の故飛田茂雄先生に、武舎るみ(以下R)が初めてお目にかかったのは某翻訳学校の誌上翻訳コンテストの授賞式でのことでした。文芸部門の努力賞をいただいたので喜び勇んで参上したのですが、授賞式が無事終わり、その後のレセプションで飛田先生がお声をかけてくださったのです。「この本の下訳をやってみませんか?」。1年ほどのちに 『争うアメリカ -- 人種・権利・税金』というタイトルで出版されることになった本で、これがRの出版翻訳との出会いでした。文が終わったかと思うと、関係代名詞やら分詞やら同格やらで後ろからどんどんどんどん修飾してくる、翻訳者泣かせの「悪文」が目白押しの本で、師匠もRの原稿をチェックしながらウンウンうなっていらっしゃいました。

以来、師匠からは厳しくチェックを入れられ、温かく励まされ、様々なノウハウを教えていただきました。師匠は大学で教鞭をとるかたわら、大勢のお弟子さんを指導しながら次から次へと訳書を出版され、大忙しでいらしたのですが、翻訳と翻訳教育に傾ける情熱は並々ならぬもので、それはもう厳しく丁寧に教えてくださいました。

師匠のチェックの入れ方は、Rの下訳を日本語だけで読んで、意味不明の箇所、筋の通らない箇所にニョロッと万年筆で印をつけるというものでした。そしてこちらの質問には思いやりのこもった詳細な答えやコメントを返してくださいました。ちなみに現在弊社で行っている下訳原稿のチェック方法は、出版社に提出する訂正済みの訳稿ファイルと、訂正過程で書きためておいたコメントのファイルとをお送りして復習していただくというもので、本当は師匠のやり方の方が生徒さんにとっては身になると思います。自分で頭を絞って訂正しなければならないですから。でも弊社はいつも締め切りに追われているので、しかたないんです。たまに朱入れ原稿を手ずからリタイプしていただくという「ショック療法」もやりますが。

その後、いくつか小さなお手伝いをさせていただいたのち、忘れもしない2冊、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの解説・論文集(『野に雁の飛ぶとき』)とヘンリー・ミラーの自伝的小説(『プレクサス――薔薇色の十字架刑』)の仕事をいただきました。『野に…』は初めて単独の訳者として出させていただいた本であり、内容も昔話や無意識に関する学説など人間の根源的な現象を扱っており、R個人としては妊娠、出産、子育ての真っ最中に訳した本でもあることから、「共時性」をはらんだ、特別な思い出と思い入れのある本です。『薔薇色…』の方は様々な事情で出版に至るまでになんと8年もかかりました。途中、出版は実現しないのかなと内心あきらめかけた時期もありましたが、その8年間、折にふれては推敲を繰り返すという、訳者としてはこの上なくゼイタクな環境に恵まれた形となりました。本当に何度も何度も見直し、考え、練り直し、また、磨きました(フィクションでもノンフィクションでも、とにかく出版翻訳では見直すたびに訂正したい箇所が必ず見つかります。再版になれば大喜びで訂正するのですが、そんな幸運はフィクションでもノンフィクションでもなかなかありません)。

しかしその後、師匠が私たち弟子を虎の子のように断崖絶壁から突き落としてしまわれる日がやって来ます。闘病生活に入られたのです。私がいただいたアドバイスは「自分でコレと思う本を選んで出版社に売り込みなさい。あなたはそのやり方で行きなさい」というものでした。はるか下の藪に落っこちたRは、しかたないので周囲をガサゴソ突っつき回ったり、崖をよじ登ろうとしてはずるずる滑り落ちたりしながら、武舎広幸(H)との共同作業のかたわら、これまでに何冊か訳し、出版に至りました。

師匠が鬼籍にいられてから早いものでもう9年。その間、あの万年筆の「ニョロ」をどれだけ減らせたか、相変わらず心もとないRではありますが、現在、DHCの添削や採点をしているときにも、弊社の下訳の方々の訳稿を拝見しているときにも、師匠から叩きこまれたことをお伝えするという心構えで作業を進めております。翻訳の学習には今でもやはりこういう1対1(弊社では1対2?)のやりとりが欠かせない部分があると思うのです。昔ながらの古めかしい徒弟関係のようなアプローチではありますが。

マーリンアームズ株式会社
1993年設立。翻訳および言語処理関連ソフトウェアの開発を主な業務として行っている。文章に携わる人のための辞書・検索サイト DictJuggler.net で類語辞典および翻訳者用の訳語辞典を公開しているほか、株式会社DHCと共同でDHC翻訳力診断テストを開発。
マーリンアームズ株式会社のホームページはこちら

武舎広幸 (むしゃ・ひろゆき)
国際基督教大学、山梨大学大学院を経て、東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了(在学中、米国オハイオ州立大学およびカーネギーメロン大学に留学)。現在マーリンアームズ株式会社代表取締役。コンピュータ関連書や図鑑等の翻訳およびソフトウェア開発を行う。
著書に『プログラミングは難しくない!』(チューリング)、『理工系大学生のための英語ハンドブック』(三省堂)、訳書は『マッキントッシュ物語』(翔泳社)、『HTML入門第2版』『Java言語入門』(以上ピアソンエデュケーション)、『戦争の世界史大図鑑』(河出書房新社)、『ゲームストーミング』『iPhoneアプリ設計の極意』『リファクタリング・ウェットウェア』『ハイパフォーマンスWebサイト』(以上オライリー・ジャパン)など多数。

武舎るみ (むしゃ・るみ)
学習院大学文学部英米文学科卒。現在、マーリンアームズ株式会社取締役、翻訳家。ノンフィクション、フィクション、図鑑等の翻訳を手がけるほか、DHC-オンライン翻訳講座の運営に携わっている。
訳書は『野に雁の飛ぶとき』『神話がわたしたちに語ること』(以上角川書店)、『薔薇色の十字架刑 -- プレクサス』(水声社)、『海洋大図鑑』(ネコ・パブリッシング)など多数。

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