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マーリンアームズ株式会社の「まかじき亭別館」

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Vol.11 石の上にも12年?

 昨年、武舎るみ(以下R)は図書館で1冊の本に出会いました。『ダイヤモンド・ドッグ -- 「多文化を映す」現代オーストラリア短編小説集』です。さっそく手に取り、目次を見てひっくり返りそうなほど驚きました。オーストラリアの代表的詩人、小説家、脚本家であるデイヴィッド・マルーフ(David Malouf)のすばらしい短編 "The Kyogle Line" の日本語訳「キョーグル線」が収録されているではありませんか!

 11年前に同じ著者の長編小説 Remembering Babylon を訳して以来、出版社を探しつづけていたRは、とるものもとりあえず巻末にあった編集者の方宛てに説明文と訳稿をお送りしてみました。するとそれからはトントン拍子に事が運び、すでに『ダイヤモンド・ドッグ』で出来上がっていた「チーム」が始動、豪日交流基金から助成金をいただけることになって、Remembering Babylonの日本語版『異境』を第1巻とする『オーストラリア現代文学傑作選シリーズ』のプロジェクトを立ち上げてくださいました。

 「チーム」というのは前述の編集者の方と、『ダイヤモンド・ドッグ』の編・訳者、解説者の先生、それにオーストラリア大使館の豪日交流基金の事務局長さんのことです。皆さん、これから日本で未発表のオーストラリアの現代小説を次々に紹介していこうと熱っぽく語り合っておられます。2月末にはオーストラリア大使公邸で第1作の出版を契機としたシリーズのお披露目パーティーも開かれました。

 12年前、「なにかとてもオーストラリアらしくて、日本の読者に紹介したくなるような、そんな小説、ない?」というRの頼みに応えてオーストラリアの友人が送ってくれたRemembering Babylon。すっかり惚れ込み、無謀なことにすぐさま翻訳を始めたものの出版社探しが難航、病床の師匠からは「もうやめたら」などとすげないお言葉さえいただき、諦めかけたこともありました。それでもどうしてもやめられなかったのは、何といってもこの作品の持つものすごいパワーのおかげでしょう。大地のパワー。そして深く強い愛の力。

 企画が通らないのは翻訳と紹介文がまずいから。売り込み方がピント外れだから。そう自分に言い聞かせて、11年間めげずくじけず売り込みを続け、同時に訳稿の手直しだけは続けてきました。

 上げ潮になると助っ人も続々と出てきてくださるようで、出版が決まってからは前述の先生とともに、同じくオーストラリア文学がご専門で、「キョーグル線」を訳された先生も拙訳に1ページ1ページ目を通して改良点を指摘してくださいました。原文の読み違いや訳文の表現上の問題に気づいていただいたり、オーストラリアならではの背景や文化を考慮した訳語や表現に差し替えるようご指導いただいたりするなど、本当に勉強になりましたし、「この作品をできる限り正確に読み込み、できるだけ忠実に日本語で再現して出版するんだ」という夢に一歩一歩近づく喜びをかみしめることもできました。

 物語の舞台は19世紀半ばのクイーンズランドの開拓村。日本で言えば黒船到来の頃です。イギリス人の少年ジェミーは乗り組んでいた船から突き落とされ、置き去りにされて、クイーンズランドの浜辺に漂着し、先住民に育てられます。しかし白人による開拓が徐々に進み、「顔が白く、頭のてっぺんからつま先まで木の皮に包まれて、人より丈の高い四つ脚の獣に乗っているという精霊」を見たなどという噂を聞くと、その様子をひと目だけでいいから見てみたい、と思うようになります。こうして、すでに青年となっていたジェミーはスコットランド人が開拓を進めている村に「帰還」を果たし、新たな生活を始めるのですが、それをきっかけに村人は先住民に対する違和感や恐怖心を募らせ……

 この物語で興味深いのは、随所に種々の「境界」が出てくるところです。開拓民の世界と先住民の世界、開拓地と本国イギリス、人間と荒々しい大自然、英語の世界と先住民の言葉の世界、牧師と教区民、家族と村の社会、自己と他者、男とその友人、夫と妻、母と娘、人間とミツバチ、教師と生徒などなど、異質の二者、対極的な二者が遭遇し、摩擦が起き、二つの世界が微妙に混じり合い、そこからさまざまに展開、発展していく、そんな境界。そうした境界に焦点をあてて、時代や場所を超えた普遍的な問題や状況が描き出され、悲惨な出来事の数々も起きるものの、最後には読者も含めてすべてが大きな愛に包まれます。

 翻訳を勉強中の皆さんでしたら、とくにマルーフの描き出す言葉の世界に興味をもたれるのではないでしょうか。ボワーッと頭の中に押し寄せてくる、脳味噌を麻痺させるような、それでいて心地よい感じ。今までに味わったことのないような刺激を脳味噌が味わっているような感じがするのです。腕のよい整体師が、思わず「キク〜ッ」と叫びたくなるような、ちょっと痛いけれどとても気持ちのよいツボを的確に次々と押してくれる、そんな感じと言えば少しおわかりいただけるでしょうか。

 いわく言いがたい世界をあえて言葉で表現しようとするマルーフの筆力はさすがです。美と迫力に満ちたこの作品を、ぜひご一読いただければと思います。弊社のウェブページで最初の章をご覧いただけます。

マーリンアームズ株式会社
1993年設立。翻訳および言語処理関連ソフトウェアの開発を主な業務として行っている。文章に携わる人のための辞書・検索サイト DictJuggler.net で類語辞典および翻訳者用の訳語辞典を公開しているほか、株式会社DHCと共同でDHC翻訳力診断テストを開発。
マーリンアームズ株式会社のホームページはこちら

武舎広幸 (むしゃ・ひろゆき)
国際基督教大学、山梨大学大学院を経て、東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了(在学中、米国オハイオ州立大学およびカーネギーメロン大学に留学)。現在マーリンアームズ株式会社代表取締役。コンピュータ関連書や図鑑等の翻訳およびソフトウェア開発を行う。
著書に『プログラミングは難しくない!』(チューリング)、『理工系大学生のための英語ハンドブック』(三省堂)、訳書は『マッキントッシュ物語』(翔泳社)、『HTML入門第2版』『Java言語入門』(以上ピアソンエデュケーション)、『戦争の世界史大図鑑』(河出書房新社)、『ゲームストーミング』『iPhoneアプリ設計の極意』『リファクタリング・ウェットウェア』『ハイパフォーマンスWebサイト』(以上オライリー・ジャパン)など多数。

武舎るみ (むしゃ・るみ)
学習院大学文学部英米文学科卒。現在、マーリンアームズ株式会社取締役、翻訳家。ノンフィクション、フィクション、図鑑等の翻訳を手がけるほか、DHC-オンライン講座の運営に携わっている。
訳書は『野に雁の飛ぶとき』『神話がわたしたちに語ること』(以上角川書店)、『薔薇色の十字架刑 -- プレクサス』(水声社)、『海洋大図鑑』(ネコ・パブリッシング)、『いまがわかる! 世界なるほど大百科』(河出書房新社)など多数。

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